『不満と恨み』-プログラムⅠ(NO.31)-

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不満と恨み 

恨みは不満や精神的なラベル貼りに付随する感情で、エゴはそこからさらに大きなエネルギーを汲み取る。

 

恨むというのは苦々しい思いをする、憤慨する、馬鹿にされたと感じる、傷ついたと思うことだ。

 

人は他人の貪欲さ、不誠実さ、いい加減さ、現在や過去の行動、言ったこと、しなかったこと、すべきだったことやすべきでなかったことを恨む。

 

エゴはこれが大好きだ。

 

引用元:ニュー・アース 『第三章エゴを乗り越えるために理解すべきこと-不満と恨み』より

※書籍のご一読を推奨します。

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他者のエゴに反応しないこと、それが自分自身のエゴを乗り越えるだけでなく、人間の集団的なエゴを解体するために最も有効な手段の一つである。

 

当然、生きているうちは頭の中の思考がなくなるわけではないので、湧いてくる、あるいは流れゆく思考のカタチを俯瞰してみているのですが、更に”他者のエゴに反応しない”ということに意識的になると、面白いほどに気づきが増えてきたように感じています。

 

それに比例して解放も進んでいくといいますか。

 

”他者のエゴに反応している”ということに気づきがないときは、ただ相手の言動に一喜一憂していたなあと、自由がなかったなあって思いますね。

 

目醒める(本当の自分に還る)ために世界を活用する生き方。

 

これって修行とか、学びとか、使命とか、そういう堅苦しいようなものではなく、誤解を恐れずに云うならば、ゲームのような感覚、というのが今の私には近いかもしれません。

 

本来の自分を思い出すゲーム。ゲームのシナリオは自分で創ってきました。

 

真剣に楽しく軽やかに。

 

昔は修行僧のごとく(気持ちはですよ(笑))スピリチュアルやってたつもりでしたが、重かったですね。あれじゃ解放どころではありません汗

 

それもまた必要なプロセスだったわけなので、有難く頂戴しております。

 

どうか、皆様も本来のご自神に還るプロセスを楽しんでおやりになってください。

 

時に激しい解放が起こったとしても、自分軸に在る限り、それすらも楽しんでいられます。

 

ほんとうに。

 

ではでは、ALOHA!